函館百景

二十間坂


坂の道幅が20間(約36メートル。1間=1.81メートル)に相当するのが語源です。
何度も函館を襲った大火に備えて、1879(明治12)年の大火後、防火帯として整備されました。
当初は、木が多く茂っていたことから「緑坂」、または付近に大工や工人が多く住んでいたために「大工町坂」と称されていたこともありました。